So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

私にできること [頑張れ東北!!]

クラスメートがボランティアで仙台に泥掻きに行っているらしい。

自分でできることってなんだろう?って考えた結果が、それだったらしい。

すごいと思うけれど、うん、すごい。

でも、私にできることってなんだろう?

コンビニでのお釣りを募金箱に入れたり、

東北の友人に差し入れの物資を送ったり、

微額の義援金を贈ったり・・・。

一瞬でも心が和むようなお芝居を、見せてあげたいと思ったけれど、

そんなことはできなくて・・・。

と、思っている先に、香港旅行に行って、去年書いた原稿料をいただいた。

もともと、いただくつもりはなかったのだけれど、

いただく代わりに、香港で色々やってる日本へのチャリティーの一部にしてもらった。

そして、最近は忙しさにかまけて、原稿も書いていなかったのだが、

日本の小劇場を紹介するという原稿を書いて、その原稿料を義援金にしようと思う。

私の偏見に満ちた紹介なんだが・・・・

ま、私にできることってそれくらいなので、

思ったままに紹介していこうと思う。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

今まで歩いて来た道とこれから目指す道 [雑感]

昨日はホチキスという劇団の芝居を見た。

客観的に見て面白かったし、最後は意外とシンプルなオチなのだけれど

少しホロっと来て、大変に楽しい時間が過ごせたと・・・思う。

役者さんもそれぞれに頑張っていて、いいなぁ~と思う人が何人かいて、

きっと数年前の私なら、両手放しで、「おもしろい~!」とはしゃいでいたのだろうなぁと思う。



おもしろいんだけど、なんか、ちょっと私には、懐かしい演劇に思えてしまった。

それでも、この作品を楽しんでいるお客さんがいるのだから、

この作品があることの意義は感じる。

の、だが、

私がこれから進む道とはちょっと違うなと思ったのだ。

では、私が進む道とはなんなのだろう。

これからどんな演劇をするのか。

考えよう。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

名前とプライド [雑感]

今の自分はプライドを持って生きているだろうか?



芸名を取り外した時の自分は、言い訳でいっぱいなような気がする。

「学生になるから本名で一からスタート」なんてカッコいいこと言っていたが、

実際にはE-RUNブランドを傷つけたくなかったからのような気がする。

名前ではなく、自分にプライドを持て!

そうプライドを持つのだ。

甘えててはいけない。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

作ることと演じること [役者とは☆]

「芝居を作ること」と「演じること」の違いを感じる。

私は今まで芝居を作って来たが、

しっかりと演じてこれただろうか?



もちろん舞台の上での一瞬一瞬を一生懸命生きて来たし、演じて来た。

そしてその真剣さが少し足りないような気がして、

これから役者が続けられるのだろうか?と疑問を感じ、

そして役者をやめようと思ったのだ。

でも、最近思ったのは「作ること」と「演じる」ことは別だということだ。

本当にやりたかったのは「演じること」=役者のはずなのに、

「演じること」を一番に考える芝居作りをしてこなかったような気がする。

常に、まずは公演が成立することを考えた「芝居作り」

成立してもしなくてもいいのだ。

とにかく「演じること」に徹するそれが役者だし。

それを求める演出家に会えた今、

決断の時が来た。


さぁ、どうする?どうする?どうする?芝居屋リーコ!!!

信じて前へ進め!!!!!!!!
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

9月25日の覚書 [役者とは☆]

演技基礎Ⅱ

◎緊張するとできていたことができなかった。
 → 手作業することに集中してしまった。
 → 前日のよい状態を探してしまった。← これ最悪!!

◎板の上にいる状態の作り方を考える

 直前のセリフ合わせはキケンだと知りながらも、
 明るい気分を出すためにやってしまい・・・

 本番ボロボロ   ← 最低

もっと、自分がどういう状態になればいい芝居ができるか、調整する能力をつけること。

 板の上での状態=居方=生き方  めっちゃ大切なことだ。


◎ 動作の速度とセリフをいう速度の関係を探ってみる。

◎ 沈黙と会話

   「間」即ち沈黙

   すべての間には意味がある。
   抒情的な間は必要ない。

◎ 自分のスタイル って  何だろうか。


◎ 誤解してふくらます
  → 怖がらずに膨らませてみよう。

  もっともっと自由に発想し、自由に動いて、自由にやってみよう。

自分のスタイル・・・・か・・・・



「役者に見えない」

のは、なぜか。

立ててないってことだ。


◎ 老婆になること と やること

老婆になれていなかったから、役者に見えなかったのか?

「素」で、あったことは確か。

でも、演じないことを目指しているので、きっと第一歩なのだ。

そう、まだまだ、時間はある。

あせらずに一歩一歩。

ゆっくりゆっくり進めばよい。

自己肯定できるようになったのが、まずは大きな第一歩だ。

感謝 
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

8月19日の覚書 [メモ帳]

◎自分の中に眠っている感覚を呼び覚ます。

◎普段隠していること、言いたくないことを正直に話す。

◎自分の言葉で、自分が自由になれないので、役者をしているのではないだろうか。

省エネしない。しんどくてもやる。相手を受け入れる体力を持つ。

◎これはコギー定食やし・・・

◎面倒くさい自分を封じ込めようとしているのだろうか。

◎かっこつけようとしすぎ。

◎宗教と芝居は紙一重

◎大きな感情の変化よりも、小さな感情の波というか

◎相手を汲むだけじゃなくて、自分がどうしたいかを考える。

◎脱力すること→今の演劇


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

演出家とカリスマ性 [メモ帳]

只今、参加しているワークショップ

色んな人って言っても、みんなクラスメートなんだけど、

色んな性格の人が参加している。

合う人、合わない人。

正直言って、好みのタイプの役者はいない。

きっと、みんなそんな風に思っているんだろう。


それでも、毎日、みんなここに通って来て、

合わない人達と一緒に何かをしようとする。

その「何か」ってのは

今回の場合は、ワークショップリーダーであり、

たぶん芝居の稽古だと、演出家の作ろうとする世界なのだろうなと。


演出家に魅かれて、その演出家の世界を作るために、集まる役者達。

なんか、無理して合わせなくてよい気がして来た。

演出家のカリスマ性=求心力さえあれば、

みんながバラバラでも、仲悪くてもよいのかも。

むしろバラバラの方が、色んなカラーが見られてよいのかもしれない。


大切なのはカリスマ性だ

と、思う今日この頃である。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「8月のうた」 と 「つかこうへい」 [メモ帳]

7月12日に、つかこうへい氏が亡くなった。

つかさんのお芝居は、数年前に紀伊国屋ホールで熱海殺人事件を見ただけだ。

なんだかよくわからないなぁ~と思いつつも、

なんとなく「つかこうへい」という名前に憧れを感じる。

そう言えば、私が初めて見た小劇場の作品って、

自分の大学の演劇サークルがやっていた「蒲田行進曲」だったなぁ。

銀ちゃんがあまりにもかっこよくない人で、

映画の「蒲田行進曲」の風間杜夫がかっこよかったので、

比べるとちょっとツラかったっけ。

そんなつかさんの作品を、することになった。

奇しくも7月12日に、つか作品の『寝とられ宗介』をプレゼンした人がいて、

「とにかく熱くやろうじゃないか!」というコンセプトにつられて、

熱い男たちが、「おおやろうぜ!」と手を挙げて、

つか作品に挑戦することになった。

なぜか、私は男役とリリィというおばあさん。

二役いただき、挑戦する前から、かなりビビっている。

リリィは一瞬でてくるだけなんだけど、でも、そのリリィには、つかさんの深い深いメッセージが込められているのだ。

だから、本当に頑張らなきゃ。

と、思う。

そして、(って言うつなぎは、ちょっと変だが)

昨日初めてM.O.Pの芝居を見た。

憧れのキムラ緑子さんのお芝居。

こないだの与謝野晶子を見て、すっかりファンになってしまった。

初めてのM.O.Pは奇しくも、M.O.Pの解散公演。

「さらば8月のうた」


チケット予約する時に知ったんだけど、

M.O.Pは旗揚げ当初はつかさんの芝居ばかりをやっていたようだ。

旗揚げ公演は「熱海殺人事件」

で、解散公演は、つかさんの熱海殺人事件が初演された紀伊国屋ホール。

つかさんに憧れて作られた(と思われる)劇団が、つかさんが亡くなった年に解散って

なんか切ないなぁ~、なんて思ってて、

で、初めて芝居みて、

「あ~、そうか~」って思った。

伝えなきゃなぁ~って思った。

私の世代になると、みんながみんな感じているわけではないから。

そして、私よりもっと若い世代はもっと感じている人が少ないと思うから。

「戦争があったこと。」


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

なんとなくの演劇 [メモ帳]

最近、ある劇団の日中韓3カ国コラボの通訳に行っている。

平均年齢20代の若手の一応人気劇団らしい。

ここの劇団はとにかく稽古時間が短いそうだ。

だいたい2週間。

このコラボもやっぱり2週間。

で、最初は通訳を探していなかったようで、

「そんなことで、稽古はできないだろう!」ということで某青☆団の制作さんから

ノルウェイからわざわざ国際電話でお助けコールがかかって来て、

私もかかわることになったんだが・・・・

2週間のお稽古と言っても、最初の1週間は1日3時間の稽古。

2週間目でも、5時間くらい。

通訳がついたのは、4日間だけ。

そんなことで、作品が作れるのか?

って感じなんですが、

今日、久々に稽古に行ったら、

なんとなく作品が出来上がっている。

みんな、それっぽいことをして、それっぽく見えるお芝居。

みんながなんとなくそこにいる芝居。

それなりに面白いんだけど、でもテーマもなく、

まぁ、敢えて言えば「共存」とか「共同作業」したことにだけ意味がありそうな

なんとなくできあがった演劇。

稽古を見ていると、全然、掘り下げないの。

だから別に通訳もいらないんだよね。

私からみたら、「え?もう少し、人間関係はっきりさせて欲しいな」とか思うところや、

テキトーに3ヶ国語混ぜてしゃべってるけど、

混ぜるために話しているっつーか。

全てがなんとなくで仕上がっている芝居だ。

でも、見てたらそれなりに面白いっつーのが腑に落ちない。

こーゆー芝居が増えていくことに不安を感じる。

が、あんまり熱い芝居は、若者が拒絶反応を示すようなので、

こーゆー芝居が増えていかないと、芝居も絶滅してしまうのだろうか。

大いにジェネレーションギャップ感じておりまする(/_;)
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

表現したくなる [役者とは☆]

チェルフィッチュ台本

先週の金曜日に、初の発表の前の稽古の時間に、

自分たちが今までやってきた稽古を覆すような演出に変わる。

そして発表して、さらに変化する。

ま、役者ってのは否定するのが商売なんで、

変わるのはいいけど・・・・

なんかモルモット状態です。

役者ってやっぱり表現したくなる。

でも、今回の演出は敢えて、その表現したくなるところを切り捨てられるかという実験。

ロミジュリの時に上手く行かなかった人たちは、

表現したいと思ってない人たちは、

比較的すんなりできるようだ。

が、

私はどうしても「自然に」を演じてしまう。

「自然に」が演じられたら、それは一番よいのだが、

そんなことは無理なので、やっぱりいかに自然な状態になれるかが

ポイント(?)なわけである。

表現したくなることを捨てる修行

今の私には大切かもしれない。

だけど!!!

台本から見たら、成立していないことがたくさんあって・・・・

それも置いといて、とにかく表現しないってことなのか。

難しいなぁ。

表現したくなるのが役者やし。

その分、他でドカンと行けばよいのだろう。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。